2008-11-02
■ [本] 『宇宙細胞』 黒葉雅人 (徳間書店)
南極大陸で巨大に成長する単細胞の粘体が発見された。氷丘おおふじ基地の氷床掘削技術者伊吹舞華は同僚の起こした事故を契機に隠された秘密に気づく。唱和基地で調理師の変死を目撃した舞華は、さらに秘密に近づくこととなった。やがて、砕氷艦だいもんで大惨事が発生する。二百人の乗組員全てが異形のものとなったのである。かろうじて生き延びた舞華は、巨大粘体の存在と兵器としての威力を聞かされる。やがて粘体の暴走により首都は壊滅。首都は人の皮を被った異形に蹂躙されてしまう。
第9回日本SF新人賞受賞作。
このところ暇をみつけては『スター・トレック・ネクスト・ジェネレーション』を観ているのだが、SFとして少々物足りないと思うこともしばしば。それは、常に人間視点やスケールで語られるので宇宙を海になぞらえれば人類史として容易に置き換えできてしまったり、故に宇宙そのものが箱庭的感覚として捉えられてしまうということ。ワープ9で航行できても宇宙はやっぱり謎のまま。果てとかその外とか、さらにその先を見てみたいという欲求はどんどん高まってくる。もちろん一般視聴者向けのTVドラマなので、受け入れやすい枠組みを設けるのは当然のこと。スタイルにけちつけるなんて無粋このうえないことは判っているし、こういうものとして存分に楽しんでもいる。それにまだ全話観たわけではないのでこの話はこの辺で切り上げ、そんな欲求を満足させるためには本書のようなものを読めばよいだけのことである。
南極で掘り出された謎の生命体が人類を危機に陥れる…と出だしから『影が行く』(『遊星からの物体X』)を思わせるが、進むほどに際限なく過去のSF・ホラー小説/映画作品をあれこれ想起させる展開でにやにやさせてくれる。クローネンバーグやロメロの影響も顕著な終末もの怪物ホラーとして地獄が現出する様を目の当たりにするのが純粋に楽しいが、あれ、これってSF新人賞受賞作じゃなかったっけ?という心配が途中で頭をよぎる。しかしそれも後半になって解消する。どころか極北まで突き抜けてしまう。
『地獄の世紀』や『アンデッド』のように、ゾンビものも「その後」を描くことにようやく着手しはじめた観があるが、本書はそれらをあっさり振り切って宇宙の果てまでも突き進む。ここでの宇宙の成り立ちの描き方には似た先例がないでもないが、怪物ホラー的序盤を受けての展開であることが何よりも嬉しく楽しい。星間宇宙の風に乗りて歩む粘体は果てしなく飛行速度を増し、つられてこちらのページをめくる手もひたすら加速する。この後半のめくるめく展開、そして視野/認識のスケールが敷衍する様にはくらくらさせられた。こういう眩暈を感じたいという想いからの、冒頭のぼやきなのでした。
新人ならではの荒削りなところも今だけの魅力。
最近似たような眩暈を味わったのはゲーム『SPORE』。細胞フェイズで、成長に合わせてスケールが切り替わるところが視覚的に上手く演出されていたっけ。
0:57と1:35辺りでそれが見られます。